芝園団地の「酸辣粉」
西川口は「チャイナタウン」などと持て囃されているが、隣駅の蕨に屏風を連ねたように聳える芝園団地こそ中国人が最も集まるコミュニティーだ。
その一角に低層階の商業施設があるのだが、そのまた裏手にその店はあった。
この看板が目印だ。
「吾輩は店である。名前はまだない」
というか店名を付ける気などないようだ。
ひっそりと佇む「酸辣粉」の店。奥まっていて今まで気が付かなかった。かなり入りにくい雰囲気だが、店内は午後3時も過ぎようというのに賑わっているように見える。
看板からしてかなりアウェー感だ。中国語が書いているからではない。この看板の色使いたるや、中国本土の街角に櫛比(しっぴ)する店を彩るあの色調と自体だからだ。これはテンションが高まる。
入店した。日本語は一応通じるレベル。
黒龍江省出身の女将は誰にでも好かれそうな明るい性格で、近所の常連客が足繁く通い詰めている。旦那なのか、男性の方は日本語がほとんど通じない。聞けば沖縄料理屋の居抜きで2年前に開店したそうだ。サツマイモ澱粉で作った麺を辛く酸味があるスープで頂く酸辣粉(スアンラーフェン)はそもそも四川省のものだが、自分の好物なので出しているという。「酸辣」という文字をよく中華料理屋で「スーラー」と書いてあるのは間違いだ。酸は酸っぱいという意味だから「酢」と混同してしまったのだろう。
写真は自家製の涼皮(リャンピー、500円)だ。黒酢でカスタマイズして頂く。辛さが足りなければ、卓上に自家製の辣油が置いてあるので、心ゆくまでぶち込めばよい。そして、大鍋で煮込む「醤牛肉(牛肉の醤油煮込み)」は予約必至、売り切れ御免の人気商品だとのこと。なかなか侮れないぞ、芝園団地。
ベトナム勢力じわじわ 東口MÃ LONG QUÁN
近年は周囲でベトナム語を耳にすることが増えている。今は外国人技能実習生が中心なので、起業して店を構える人はまだまだ少数なのだが、これから定着する人が増えるにつれて、爆発的に増えるのではなかろうか。
西川口駅東口の線路沿いを蕨方向に向かうと飲食店多数が入居する「The Terrace」がある。駅前に出て左手には一等地でありながら、権利問題で再開発から取り残されたバラック同然の店が立ち並ぶ一角があるが、ちょうどその裏手に回ると見えてくる。
1階に中華料理店の「金海湾」があり、2階にベトナム料理店が2軒入居している。うち1軒が今回取り上げる「MÃ LONG QUÁN」だ。
階段を2階に上がり、右側の扉を開けると真正面に見える。当地にはこれまでも少数のベトナム店ができては消えていったが、ここは賑わっているようだ。ちょうどこの日もベトナム人が鍋を囲んで大宴会中。狭い店内で無理やり席をつくってもらい着席。
メニューはそれほど多くないが、日本人が知っている代表的なものは一通りそろえてある。日本語訳がかなりヘンなのはご愛嬌。そして、ベトナム北部でよく食べられる犬肉は「犬蒸し」「犬あげ」「焼き犬」という三段活用と来たもんだ。愛犬家が見たら卒倒必至だが、現地の食文化なのだから尊重するしかあるまい。ちなみにベトナム産の犬肉を販売する卸業者が存在するそうだ。少なくとも日本産ではない点は加筆しておく。
そして、空芯菜と牛肉の炒めもの(にんにくマシマシ)は無難だった。しかも周囲の中国店とは味付けもやや異なる。
ドリンクメニューにはハイボールやホッピーがあるが、酒の卸業者の言うがままに置いただけらしく、店員は日本の酒文化を全く理解していない。ハイボールを注文したら、ウイスキーの水割りがジョッキで出てきたし、ホッピーセット2つと注文したら、中央にホッピーの瓶、そして氷が入ったジョッキを2つ出された。
「........」
ひとしきり沈黙が流れた後、「あのー、ナカ(焼酎)は?」と尋ねるもやはりコミュニケーションが成立しない。ベトナム人客のうち、日本語ができる人の助けを借り、なんとかナカの入手に成功するまで3分を要した。ホッピー1本を2人でシェアしたのもそういえば人生初かもしれない。
3階にカラオケルームを併設している。入り口まで潜入を試みたが、店内からは日頃の恨みつらみをぶちまけるようにエネルギッシュなベトナム人の歌声が漏れ聞こえた。ベトナム人と同伴なら面白いかもしれない。なお、店のバイトのハーちゃんは西口に新たなベトナム店を来年にも出店する野望を抱いており、行く末が楽しみだ。
星数多ある中国店の中で、インド/ネパール系の店は瞬く間に淘汰された。そんな当地で果たして中越紛争は起きるのか?商才に長けた人たちだから意外とうまくいくかもしれない。頑張れベトナム勢!